虚々実々新聞 第10号 (8/4/1997)

遊園地評論の現在 ~F形氏、遊園地を語る

「本日は、会社員として某大手通信会社に勤められるかたわら、遊園地評論の分野においても独自の地平を開拓され、日本では第一人者と目されている実力派の論客、F形先生をお招きしています。先生どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく」

「先生、遊園地評論といいますと日本ではまだまだ耳慣れない言葉かと思いますが」

「ええ。私が遊園地について評論をはじめた頃といいますと、あれは五年ほど前のことになりますが、その頃はまだまだ国内の遊園地評論界は良くいえば黎明期、悪くいえば未成熟なものでした」

「はあ」

「しかし昨年私の呼びかけで「日本遊園地学会」が設立されたのをきっかけに、徐々にではありますが確実に日本における遊園地学の認知度の高まりを感じております」

「そうですか。ええそれでは早速ではございますが、本日は神戸ポートピアランドについてお話をしていただけるということですけれども」

「ええ。先日久しぶりにあそこに行ってまいりましてね。われわれの間では遊園地に行くことを「フィールドワーク」と呼んでいるんですが」

「ははあ」

「で、今回は三つの乗り物に乗ってきました」

「ほう。三つとはまたいかにも少ない気がいたしますが」

「いやいやそれは違いますな。遊園地に開園と同時に入場し、「一日フリーパス」といった類のチケットを購入して、ここを前途と血ヘドを吐く寸前まで乗りまくるカップルなどをしばしば見かけますが、これは感心しません。遊園地においては短時間に数個の乗り物に乗り、軽い陶酔感を体内に残しつつ家路につくのが基本スタイルです。寿司屋、ショットバーと並び、「三大短期決戦快楽」と称されるゆえんですな。サッと入ってサッと出てくる、これが本来の楽しみ方、正しい遊園地道です」 (本文は10数行下に続く)

==(証言)==

「F形君ねえ。そうそう。彼は学生時代にその頃好きだった女の子と東京の豊島園に遊びにいきましてね」

 浪人時代からの友人であるO形氏 (大手銀行勤務) が当時を懐かしげに回想する。

「昼前に一日フリーチケットを購入して入園したそうです。で、もうまるで明日が地球最後の日であるかのように、何かに取り憑かれたかのように乗りまくった。なんでも三種類あるジェットコースターをそれぞれ三回ずつ乗ったっていうんだからこれはもう狂気の沙汰ですね。「本来なら一万円近くかかっていたところが一日券を買ってたおかげで半分で済んだ。儲けた儲けた。がははははは」などと高笑いをしてました。ところが悪いことに相手の女の子はその日少し風邪気味だった。夜、帰宅途中の電車の中では彼女はもう完全に病人だったそうです。それ以来彼女との仲がぎくしゃくしたとかしないとか」

「まあなんていうかF形君は配慮とか気遣いとかそういう点が見事に欠落してるんですよねえ。わはははは。はははは。ははははははははは」

==(証言ここまで)==

「神戸にはどなたと行かれたんですか」

「なはは。そういう質問をするところからしてすでに遊園地の楽しみ方をご存知ない証左ですな。遊園地においては単独行動が基本。あくまでも一人で味わうものです」

「これはまことに失礼いたしました」

「入園したのは夕方です。まずは軽く園内を歩いてみて、混み具合・客層などをさりげなく観察するところからフィールドワークは始まります。そしておもむろに目を付けた乗り物の列に並ぶわけですね。今回最初に選んだのは『BMR-X』というジェット・コースターでした」

「よく寿司屋では「玉に始まり玉に終わる」などと言われますが、そういった乗る順番の良し悪しはあるのでしょうか」

「いや。それは特にないですね。しかしまあ最初から「急流滑り」を選択しているようではその人の見識が疑われることになりますけれども」

「はあ」

「まあそれはさておき、この『BMR-X』はコンパクトにまとまっていて好感の持てるコースターでした。恐怖感も十分です。発車直後、右に半回転しながら四十五度の傾斜を駆け下りてゆくところなどは意外性があっていいですね。わざと車輛が大きな音を発するように設計されていて、これが乗客の不安感を増大させてくれます。効果音の使い方も巧いですね」

「では総合評価のほうをお願いいたします」

「そうですね。5段階評価で★★★★はあげられるでしょう」

「なかなかの高得点ですね」
 
「次に乗ったのは『ジャイアント・ウェーヴ・スインガー』です」

「なかなか迫力のあるネーミングですね」

「そうですな。先ほどの『BMR-X』などはいったい何の乗り物なのか、ほとんどC-3PO並みの見当のつかなさですが、それに較べるとこれは良心的ですね」

「そうですね」

「この乗り物はちょうど傘を広げたような形状をしていまして、数十台のブランコがぶら下がっています。で、スタートと同時に、開いた傘の軸を中心にしてぐるぐると回転するわけです。専門的には「横回転もの」と呼ばれておりまして、三半規管の機能を一時的にマヒさせて楽しむものですね」

「私はあれが苦手なんですが」

「まあ「横回転もの」としては平均的な出来といえるでしょう。ただ・・・・・」

「なんですか」

「あの乗り物の係員のアナウンスがちょっと気にかかりましたね」

「と申しますと」

「乗り物から降りる際に、「お足元に気をつけて、出口からお帰り下さい」などとアナウンスがありますが、その声があまりにもけだるかったことが気がかりでした。セルジュ・ゲーンズブールと田村正和を足して二で割ったような、ピロー・トークと見まごうばかりのああいった声は精神衛生上よくありませんね。あの声のおかげで若い女性が数人、その場にへなへなと座り込んでいましたが、彼女たちがその後どういう日々を送っているかと思うと心配でなりません」

「それは問題ですね。それでは総合評価のほうはいかがでしょう」

「今後、アナウンスの面で改善がみられることを前提に★★★としておきましょうか」

「期待したいですね」

「最後に乗ったのが『ダブルループコースター』です」

「やはりジェット・コースターですね」

「ええそうです。その名の通り、途中二回の宙返りが用意されているんですが、ただこういう安直なネーミングは感心しませんね。名前は非常に大切です。たとえばダブルループという名前でありながら宙返りが一回しかないとか、逆に十四回宙返りをするとか、そういう常に乗客の予想を裏切る姿勢、あるいは「ダブルループ」を掲げるのならいっそのことJR大阪環状線に合流して二周したのちに戻ってくる世界最長コースにしてしまうくらいの自由な発想、そういったものが欲しいですね」

「ははあ」

「さらにこの『ダブルループコースター』については残念なことがありました」

「といいますと」

「コースターに乗りこみまして出発を待っておりますと前方に電光掲示板がある。そこに「あと何分で出発です」という表示がされておるわけです。これはジェット・コースター乗り場ではよく見かける設備ですね。当然のことながら乗客はそれを眺めながら緊張感を徐々に高めていく。いわば前戯の。いや、もとい。いわば世界タイトルマッチの、刻一刻と迫るゴングを待ちながら闘争心を徐々に高めていく孤独なボクサーのような心境なわけです」

「ええ。よくわかります」

「ところがです。ところがこの『ダブルループコースター』ときたら、あろうことかあるまいことか、発車二分前という表示がでておきながら、「出発しまーす」などという係員の軽薄極まりないアナウンスと共にほんとに出発したのだ。な、なーにが「出発しまーす」か。け、けしからん。ひとを馬鹿にするほどがある」

「先生先生。落ち着いて下さい」

「・・・・。まことに失礼した。とにかくこういう小手先の恐怖感に堕しているようでは日本の遊園地業界は行く末は暗いですな。遊園地経営の姿勢、ひいては神戸市行政の姿勢が疑われます。関係者の猛省を促したい。先ほど私は「乗客の予想を裏切る姿勢」が欲しいと申しましたが、こういう裏切りは意味をはき違えているとしか思えません。評価は大まけにまけても★が妥当なところでしょう」

「お話は尽きませんが、そろそろお時間がやってまいりました。先生、本日は貴重なお話どうもありがとうございました」

「いやいや。どうも」

(本対談は1997年7月27日、台風の接近するなか大阪市内の某料亭で行われた)