虚々実々新聞 第8号 (3/16/1997)

緊急速報: O塚部長、虚々実々新聞に激怒 (2)

W歌山支店営業部を恐怖と苦悩のどん底に陥れた大騒動から一夜明けた3月13日朝、N田社員 (24) のもとにO塚営業部長から一通のメールが届いていたことが明らかになった。

メールの内容を読んで恐れをなしたN田氏が、遅れて出社してきたF形社員 (24) に通報、善後策を勘案した結果、メールを虚々実々新聞編集部に持ち込んだもの。以下にメールの全文を記す。

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何の新聞かしらんけど、これから配信しとけ。背信行為はいかんぞ。

営業部長O塚
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これを受けて本紙では、メールの分析を日本国語界の権威である金田一春彦丸氏に依頼した。以下は金田一氏と本紙編集部との対談の模様である。

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「さっそくですが先生、この文章をお読みになられていかがですか」

「んー。まーそうですね。まず全体が二文から成っていますね。それから一行あけて署名があると。んー。ま、非常にこの、シンプルな文章だと言えますね。ですが、ま、私ほどの、この、国語界の、ま、権威、と申しますか、ま、英語でいうところのオーソリティー、になってくるとですね、まことに多くのことが容易に推察できるわけです。ふっはっは」

「なるほどなるほど。ではさっそく具体的な分析をお願いしたいのですが」

「んー。まず最初の文章ですが、「何の新聞かしらんけど」ですね。ここでわかるのはこの筆者が関西地方出身であることです。明らかな関西弁訛りが文章に滲みでておりますね」

「あの、先生。O塚氏が関西出身者であることは周知の事実なのですが」

「だ、黙らっしゃい。君ね。ひとの話は最後まで聞きなさい。ものには順序というものがある。昔、中国の前漢に説宇という高僧がいました。説宇はこう言ってます。「順項転ずれば秩務偏豹に帰僻す」。わかりますか」

「先生先生。申し訳ありません。分析の続きをお願いします」

「よろしい。一文めの後半は「これから配信しとけ」と。ここで注意していただきたいのは「これから」という部分です。「これ」という代名詞が指し示しているのは明らかにパソコン端末です。「から」は動作・作用の出発点を表す格助詞ですね。ですからこの場合は、パソコン端末を使って、という意味になるわけです」

「あの、先生。「これから」というのはただ単に「今度から」といった意味ではないのですか」

「ふははは。まあそれはよく皆さんが冒しやすいミステイクですな。まあ私に言わせると素人、と申しますか、ま、英語でいうところのアマチュア、ま、忠実に発音するとアマターというわけですね」

「はあ」

「では続いて第二文め、「背信行為はいかんぞ」ですね。一文めが「しとけ」と命令形で終わっているのも見逃せませんが、この二文めの最後「ぞ」もかなり強い調子の終助詞ですね。ここでアマターならば単純に筆者が怒っているというふうな解釈にやすやすと飛びついてしまうわけです」

「えっ。す、するとO塚氏は怒っているわけではないとおっしゃるのですか」

「さよう。O塚氏は怒ってなどいませんな」

「するとこのメールから読みとれるのは「かわいさ余って憎さ百倍」といった感情であると、そう先生は解釈していらっしゃるんでしょうか」

「いや、というよりむしろ、あの傑作漫画『じゃりン子チエ』のなかでテツがつぶやいた「かわいさ余って半殺し」というセリフに近いでしょうね」

「うーむ」

「もうひとつ、見逃すわけにはいかないのが、「配信」と「背信」をかけたユーモア、というよりもヒューモアですね」

「ということはこれもやはり「可愛さあまって」という・・・」

「いや、というよりむしろ、このヒューモアから読みとれるのは、O塚氏が少年時代に経験した初恋の、甘く切ない心の動きですね」

「は?」

「かくいう私もね、恋多き青春時代を過ごしました。あれは尋常小学校五年の頃ね、いわゆる初恋をね、ま、したわけなんだけれども。相手は風紀委員のサチエさんです。彼女は、この、非常に美しい瞳をしていた。あの瞳にね、恋をしたわけなんです。ところがね、これは後からわかったんことなんだけれども、彼女はメニコンのブルーのカラーコンタクトレンズをしていただけだった。私は怒り狂いました。そりゃわたしもね」(以下略)

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金田一氏の分析は、O塚部長のメールの解釈について、混乱の度を絶望的なまでに深める結果となった。