おノロケのない新婚の旅 フランス篇 (6)

7月25日夜 パリ

夕方6時。今日が丸一日をパリで過ごせる最終日ということもあって、貧乏性の私はもったいない気持ちでいっぱいであり、まるでなにか遅れを挽回するかのように朝から歩き続けていたのでへとへと。奥さんも、今日は午前中休んでいたとはいえ、やはり午後歩きっぱなしでへとへと。

だが私にはもう一つ果たしておかねばならない目的があった。ポンピドゥーセンターにある国立近代美術館へ行くのだ。パリといえばやはりアート。ルーヴル、オルセーを始め枚挙にいとまの無いほどたくさんの美術館があるが、現代美術を観るならやはりここしかないだろうということで日本にいるときから国立近代美術館をチェックしていたのである。「私は先にホテルに帰っておくわね」と奥さんはつれなく帰ろうとするところを英語が通じるかどうか不安な私は「ち。ちょっと待ってくれ。チケットだけ買っていってからにしてくれ」と必死で頼み、チケットだけ買ってもらって別れる(ああ情けない)。

常設展示のあるのは4階と5階。しかしここもまた呆れるほど馬鹿でかい建物である。1977年、当時のフランス大統領ポンピドゥーによって造られたものだが、建物の老朽化のため、つい最近(2000年1月)リニューアルオープンしたのだそうだ。

でまずは4階。入り口付近にはいきなり大好きなアンディ・ウォーホルの『10人のリズ』があり、さらに現代建築の設計図案なんかが観ていて楽しい。自分の体を傷つけるパフォーマンスで有名な、あれ?誰だったっけ?名前を失念してしまったが、彼女の作品は写真とそのとき身につけていた衣服で紹介されていてこれが衝撃的であった。しかしすごい作品ばかりよくもこれだけ集めたものだな。それにこの広さ。まったく疲れた体には毒である。ベンチにへたりこんでしばらくボーっとし、再びたちあがって、5階へ。

ところがこの階がまた4階に輪をかけてすごい。ピカソにクレーにカンディンスキーにマチスにブラックにピカビア。「すごい。す、すごい。全部本物だ(あたりまえだが)。なんてことだ。死にそう」と圧倒されてつい目をそむけ「あ。便器だ」などと思ったら、なんとこれがかの有名なデュシャンの『泉』ではないか!ヒョエーーーーッ。なんて素っ気なく置いてあるんだおい!責任者出てこい!おれはもうホントに疲れてるんだぞ。と命からがら別方向へ歩き出したら今度はダリにブラックにモンドリアンにジャコメッティにレジェ(あああ。おれはレジェのあの太い輪郭線がめちゃくちゃ好きなのだ)。し、死ぬ。死ぬ。もうあかん。

閉館の午後9時まで、果たして3時間で足りるんだろうかと不安になって入館したはずが、あっけなく作品の迫力に負けて(あんなもん、勝てるわけないではないか)結局1時間半でギヴアップ。頭は朦朧とし、体はふらふら。とりあえず中2階にあるカフェに夢遊病者のように入り、ハイネケンを注文し、タバコを数本立て続けに喫う。

おい!いくらなんでもあんな展示はないぞ。集めすぎだ。集めすぎ。くそっ。嬉しいんだが悔しいような。結局まともに作品と対峙できなかったじゃないか。ああああ。あと一日あれば体力を回復させてもう一度ここに来るのに・・・。カフェを出て、未練タラタラでポンピドゥセンターを後にする。午後8時。外はまだじゅうぶんに明るい。

シャトレ駅からメトロに乗ってポルト・マイヨー駅へ戻る。ホテルに着いたのが午後8時半ごろ。奥さんは夕食にいったのだろうか不在。疲労が極限まで達していた。腹も減っているが、それよりも眠たい。ベッドに文字通り倒れこみ、2、3分後には寝入っていた。9時を少し過ぎたころに奥さんが部屋に帰ってきて起こされる。やはり夕食にいってたらしい。おなかがすいたので「おれも食べたい。一緒に行こう」「だって私もう食べたもん」「そんな寂しいこと言うなって。パリで最後の夜なんだからいっしょに食べよう」と理由にならない理由で奥さんを無理やり連れ出して近くにある「Leon」というレストランへ。フランス版のファミレスみたいなところのようで、価格も手頃。なんとなくアメリカンなレストランだ。生ハムとメロンのサラダとサーロイン・ステーキとビール。全然フランスっぽくないが、そんなことはどうでもいい、腹ぺこなのだ。猛然と食べる。奥さんは付き合いでクリーム・ブリュレを食べた。

横の席では2人のフランス人男性(35歳前後ってところか)が何やら熱心に話しこみつつ、ナベいっぱいに盛られたムール貝を食べ、これまた熱心に話しながらデザートとビールを同時に注文して同時に食べていた。なんちゅう組み合わせじゃ。

ようやく腹が落ち着き、それとともに元気も回復してきた。午後10時半くらいだったが、どこかに観光しに行こうということになり、タクシーをつかまえる。私はやっぱり最後に新凱旋門を見ておきたいと思い、ラ・デファンスへ。新凱旋門(=ラ・デファンス)は2000年を記念して造られた巨大な建物である。西に走ること20分。タクシーを降りると、そこにはそれがでーんと立っていた。思わず笑ってしまった。笑ってしまうほどに巨大なのだ。それほど巨大であるのに、「凹」の字を上下逆さにした白くてツルンとした幾何学的デザインは嘘みたいにシンプルであり、ともすれば遠近感を失いそうになる。もとからある凱旋門を極限まで抽象化したかのようだ。もしかするとこれは凱旋門のパロディーなのかもしれない。こんなものを建てようと考えたフランス人の頭の中っていったいどうなってるんだろうか。ただただ呆れ、ただただ尊敬するしかない。あっぱれ。と感動して写真をパチパチとったのだが、帰国後現像してみると、深夜だったこともあって全然写っていなかった。残念至極。ともあれ、最後を飾るにふさわしい観光となったのである。