おノロケのない新婚の旅 チュニジア篇 (2)

7月16日午前 チュニス→ナブール

昨晩あれほど疲労していたにもかかわらず、目を醒ますと午前8時。やはり旅のせいで興奮しているんだろう。部屋のソファーに座ってぼんやり外を眺める。市街地であり、しかも平日ということもあって車のクラクションの音だけがやたらに聞こえてくる。

階下に降りて朝食。かなりいいホテルなので料理もしっかりしている。パンもうまいし、サラダも新鮮で美味しい。スイカがみずみずしくて甘かった。コーヒーも満足いく味である。

満腹になって部屋に戻り、しばらくくつろいだ後、身支度をして荷物をパッキングし直し、約束の午前10時にロビーへ降りてチェックアウト。ハムディさんが現れないので、カフェでコーヒーを飲んでいると、20分くらい経ってからようやく現れた。のだが、ちょっと目を丸くしている。「どうしたんですか、フジカタさん?こんなに早く!」「え。だってもう10時半じゃないですか?」「まだ9時半ですよ!」「???」。

そうなのだった。前回にも書いたが、フランスとチュニジアでは時差はない。ところがフランスは夏時間を採用しているため、夏の間はチュニジアのほうが1時間遅れるのだ。二人ともそんなことをすっかり忘れ、フランス時間に合わせて行動していたのだった。まあ遅刻するよりはよほどいいのだが。

30分ほどハムディさんと話をしながら、ガイドさんと運転手を待つ。そう。今回のチュニジアの旅はちょっと奮発してガイドさんと運転手をつけたのだ。ハムディさんはそれほど日本語が話せるわけではない(彼自身は2年間日本にいたといっているのだが、本当なんだろうか?)ので、奥さんとハムディさんが英語とフランス語をチャンポンにして話す。私は横でふんふん聞いているというイケてない役回り。二人の会話は聞き取れるものの、言いたいことを英語に変換する機能が全然働かない。たまに日本語で茶々を入れる。

そうこうしていると、口髭をたくわえ、サングラスをかけたちょっと恰幅のいい男性と、小柄で痩身で鋭い目をした初老の男性が近づいてきた。ハムディさんがお互いを紹介してくれた。口髭の男性が今回のチュニジア旅行のガイド、シェキブさんであり、小柄な初老の方が運転手のへディさんである。ハムディさんとシェキブさんが簡単な打ち合わせをし、ハムディさんとはここで別れた。いよいよ7日間の旅が始まるのだ。

ホテルの玄関には紺色のでかい4WDが停まっている。ニッサン製だ。これが今回の旅の足となるわけである。スーツケースを荷台に積み、後部座席に夫婦で乗り込んでホテルを後にし高速道路の入り口へ向かう。

さて、ここでチュニジアの地図を確認しておこう。首都チュニスは北部の地中海沿岸にある。今日はここからまず南東へ数十キロ移動し、ナブールという町へ行くことになっている。ボン岬半島という地中海に対して右上に突き出た半島の東の付け根部分にナブールはある。

道中、助手席に座ったシェキブさんといろいろ話す。彼もへディさんもチュニジア人である。シェキブさんは30歳。チュニスの大学時代に英語と日本語を習ったそうだ。その後縁あって日本人観光客相手のガイドをすることになった。当たり前といえば当たり前なのだが、日本語が驚くほど堪能だ。高速道路を走っていると、中央分離帯のところに白、ピンク、赤の3色の花をつけた美しい植物がずっと植わっているので、「あれは何の花ですか」と尋ねると、「ああ。あれはキョウチクトウです」。キョウチクトウなどという単語が日本人以外の口から出てくるというのはかなり衝撃だった。他にイタリア語も話せるんだそうである。アラブ語とフランス語が母国語だから、全部で5カ国語。うーん。ため息が出そう。

いっぽう運転手のヘディさんはアラブ語とフランス語しか話さない。この道25年の大ヴェテランである。生まれは1944年ということだから、57歳なのだが、その引き締まった体と姿勢の良さのおかげでとてもそんな年齢には見えない。無口でハンサムである。なんというか、いかにもその道のプロという雰囲気が漂う。ちょっと『荒野の七人』に出てたジェームズ・コバーンに似ている。

互いの自己紹介のようなことをしているうちに車は高速道路を降り、地道をしばらく走ってナブールの町に入った。乾燥しており車道には砂ぼこりが舞っている。通りに車を停めて町を散策。ここは陶器で有名な町だ。16世紀にスペインを追われたアンダルシア人が住みついて大きくなったらしい。アンダルシア人は陶器づくりの高度な技術を持っていたんだそうである。そんなわけで町の目抜き通りを歩いていると美しく彩色された陶器を並べた店が目につく。その他には革製品(牛革やラクダ皮)、香辛料、銀製の食器等を売る店が軒を並べている。けっこうな雑踏の中を車やバイクがお構いなしにクラクションを鳴らしながら走りぬけていく。どうも信号はあまり機能していないようだ。

乾燥しているためやたらに喉が乾く。小さな食料品店でミネラル・ウォーターを購入した。チュニジアでは水は1.5リットルのペットボトルで買うのが基本のようで、価格はだいたい500ミリーム(=0.5ディナール。1ディナールはだいたい1アメリカドル、ということで500ミリームは60円くらいである)。ちなみにミネラル・ウォーターの商品名はSABRINE。このほかにSAFIAという水も売っていたが、シェキブさん曰く、「SABRINEが一番おいしい」そうである。しかし1.5リットルとは豪快だなあと思っていたのだが、旅を続けるうちに1日でそれくらいは軽く飲んでしまうくらいに喉が乾くということがイヤでもわかりはじめる。

通りをひととおり歩いてから車に戻り、町のはずれにある陶器の店に連れていってもらった。チュニジアの陶器は、さっきも書いたけれども独特の鮮やかさをもっている。植物や太陽、幾何学模様などをモチーフに、白地に濃いブルー、黄色、オレンジ、緑といった原色を大胆に使っていて、それが乾いた空気のなかにぴったりとあっているのだ。お土産にブルーでシンプルに彩色された一輪挿しの花瓶と、自宅用にレモンを大胆に描いた灰皿を購入した。さあて、次に向かう都市はハマメットだ。